静岡地方裁判所 昭和49年(行ウ)3号 判決 1979年3月13日
原告
菊地康明
外四名
右原告ら訴訟代理人
田代博之
外二八名
被告
静岡県教育委員会
右代表者
鱸正太郎
右訴訟代理人
堀家嘉郎
同
御宿和男
右指定代理人
鈴木不二夫
外五名
主文
本件訴をいずれも却下する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実《省略》
理由
一被告が昭和四八年一一月二七日本件処分をしたことは当事者間に争いがない。
二そこで、原告らが本件処分の取消を求める適格を有するか否かにつき判断する。
行政処分の取消を求めることのできる者は、当該行政処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者に限られると解すべきあり、右にいう法律上保護された利益とは、実体行政法規が私人等権利主体の個別的、具体的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益であつて、行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果たまたま一定の者が受けることになる反射的利益ないし事実上の利益とは区別されるべきものである。そして、いかなる利益を法律上保護するかは立法府に委ねられた立法政策の問題であり、裁判所は立法府の判断が示されている右実体行政法規に基づき当該利益が法律上保護されたものか否か判断することとなるのである(なお、原告らは、行政処分によつて法的保護に値する何らかの利益を侵害された者は右処分の取消を求めうる旨主張するが、右説によると、具体的事案において、法的保護に値する利益があるとみるべきか否かにつき法文上何ら判断の基準が示されていないため、右判断が恣意的なものとなり、法的安定性が損われるおそれがあるから、原告らの右主張はにわかに採用できない。)。
そこで、原告らが主張する文化財を享受する権利、利益、学術研究上の利益が本件処分の根拠となつた行政法規によつて個別的、具体的利益として法律上保護されているものか否かについてみるに、なるほど史跡の指定があることにより、遺跡の保存、管理等が法的に確保され、地域住民や国民一般或いは学術研究者がこれを活用する利益を得ることは確かであるが、この指定はあくまで「文化財の保存及び活用のため必要な措置を講じ、もつて県民の文化的向上に資するとともに、わが国文化の進歩に貢献する」(県条例一条、同趣旨文財法一条)という公共の利益のために行なわれるものであり、文財法及び県条例の諸規定をつぶさに検討しても、これらの諸規定が原告らの主張する諸利益を個別的、具体的利益として保護することを目的とするものとは解せられない。特に、文財法四条二項は、文化財の所有者その他の関係者はできるだけこれを公開する等その文化的活用に努めなければならない旨規定するが、これはこれらの者に公開その他文化的活用に努力すべき法律上の義務を負担させているものではなく、単にこれらの者に文化的活用に関する心構を要望しているに過ぎないと解するのが相当であり、右により明らかなように、地域住民や国民一般或いは学術研究者が文化財(史跡)を活用する利益は所有者等の公開等によつて与えられるという点においても事実上の利益に過ぎず、法律によつて保護された利益ではないのである。又、県条例三〇条三項(同五条二項、同四条三項)は、県指定史跡の指定解除処分をするについて、静岡県文化財保護審議会に諮問しなければならない旨規定するが、それ以上に地域住民や国民一般或いは指定文化財を研究対象とする学者らの同意を要することとする等(県条例四条二項比照)これらの者が手続に参加する機会を設けてはいないのであり、右諮問もみだりに指定解除をして前記公益を阻害してはならないとの見解から課せられたものに過ぎず、原告らにその主張する諸利益を法律上保護したものということはできない。
以上のように、原告らが本件処分によつて侵害されるとする地域住民や国民一般としての文化財享有の権利、利益或いは学術研究者としての利益は、いずれも法律上個別的、具体的利益として保護された利益ではないから、原告らは本件処分の取消を求める適格を有しないものである。
なお、付言するに、原告らは、原告らがそれぞれ代表的出訴資格を有する旨主張するところ、原告菊地、同芝田、同山村らがそれぞれの主張のとおり、伊場遺跡について発掘・研究をはじめ遺跡の価値を高め普及する活動等を真摯に相当期間にわたつて継続してきた団体の代表的メンバーであることは、<証拠>によつてこれを認めることができる。そして、貴重な国民的財産である文化財の保護の見地からすれば、これらの真摯な活動に対しては相応の評価がなされてしかるべきものと考えられるが、現行法上、これらの者に文化財の指定解除処分の取消訴訟につきいわゆる代表的資格を認めたものと解し得べき規定は存在しないから、原告らの右主張は立法論としてはともかく、解釈論としては採ることができない。
三よつて、本件各訴は、その余の点につき判断するまでもなく、いずれもこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(松岡登 紙浦健二 松丸伸一郎)
物件目録<省略>